今回は、学習塾の先生からご相談を頂戴しました。
まずは、ご相談内容を読み上げます。
「もっと生徒を増やしたい気持ちはあるのですが、同時に“今でもいっぱいっぱいなのに…”という気持ちもあります。
売上を伸ばしたいと思いながらも、本音では今以上に忙しくなりたくない。責任が重くなるのが怖いと感じています。
その矛盾に自分でも気づいているのですが、どう気持ちを整理すればいいか分かりません。」
――こういったご相談でした。
ご相談いただきまして、ありがとうございます。
「生徒を増やしたい、でも忙しくはなりたくない。」
「売上を伸ばしたい、でも責任が重くなるのは怖い。」
こうした相反する気持ちは、変化しようとする過程ではとてもよく起こります。
なぜかというと、人間には「ホメオスタシス」という機能があるからです。
なぜ人は変化を怖がるのか?ホメオスタシスの働き

ホメオスタシスとは、あえてシンプルに言うと「現状を保とうとする機能」です。
たとえば人間の体温は、寒い場所に行っても暑い場所に行っても、おおむね37度前後を保とうとします。
これが、現状を維持しようとするホメオスタシスの働きです。
では、なぜ人間はそんなふうに現状を維持しようとするのか。
それは、人間が意識的にも無意識的にも「現状維持=安定している状態」だと感じているからです。
安定しているほど生命を維持しやすい、と本能的に判断しているとも言えます。
だからこそ人間は、変化することを無意識レベルで拒むのです。
そして、変化が急激であればあるほど、元に戻そうとする力、つまり現状を維持しようとする力が強く働きます。
たとえば急激なダイエットをして、その後リバウンドしてしまった、という話を見聞きすることがあります。
あれも、ホメオスタシス(元に戻そうとする力)が強く働いた結果だと捉えられます。
ホメオスタシスはあなたを守ろうとしている

ですから今回の先生が、「生徒を増やしたい」「売上を伸ばしたい」と思う一方で、「でも忙しくなりたくない」「責任が重くなるのは怖い」と感じるのは、実はごく自然な反応です。
変化に対して抵抗する感覚が出てくるのは、体が先生ご自身を守ろうとしているからだ、という見方もできるわけです。
では、そう考えると、人間は変化できないのかというと、決してそうではありません。
人は着実に、少しずつ変化していくことができます。
そこで今日は、ホメオスタシス、つまり「現状を維持したい」という身体の働きを理解したうえで、
どうすればこの葛藤を乗り越え、理想の状況へと変化していけるのか。
その方法についてお伝えします。
理想へ一気にジャンプしようとすると抵抗が強くなる

今回お伝えしたいのは、「スケーリング・クエスチョン」というやり方です。
先ほどもお伝えしたように、人が変化しようとすると、ホメオスタシスが働いて現状を維持しようとします。
そして変化が急激であればあるほど、元に戻ろうとする力は強くなります。
ここで、僕自身が多くの先生方とお話ししてきて感じることがあります。
それは、多くの人が「現状から、いきなり理想の状態へ一気にジャンプしようとしてしまう」ということです。
もちろん、今すぐ理想が実現できたら、とても嬉しいと思います。
今回の先生でいえば、「生徒が増えても忙しくならない状況」が一気に実現できたら、とてもハッピーですよね。
あるいは「売上が伸びても責任が重くならない」なら、とてもハッピーだと思います。
だからこそ、人は一気にそこへ行きたくなります。
ただし、いきなり理想へ向かう変化は、度合いが大きすぎることが多いのです。
その結果、ホメオスタシスが強く働き、抵抗感として現れてしまいます。
実際、教室経営を長くされている先生ほど、意識的か無意識的かは別として、ここをよく理解されていると感じます。
経験上、急激に生徒が増えることや、急激に売上が伸びることは、必ずしも良いことばかりではない。
むしろ危うさもある、という感覚を持っている方が多いのではないでしょうか。
現実には、少しずつ生徒が集まり、その方たちが長く通い続けてくれて、
その過程で、長く通ってくれる生徒さんが一人、また一人と増えていく。
そして気づけば、「こんなに生徒が増えていたんだ」となる。
こういう積み重ねのほうが、実は多いのです。
教室経営の成長は段階的なほうが自然

つまり本来の成長は、段階的で、ステップ・バイ・ステップで進むことが多い。
そして段階的な変化であれば、変化の度合いが小さくて済むので、ホメオスタシスが働きにくくなります。
これが、人にとって自然な変化の仕方だと僕は思います。
植物も、芽が出た翌日にいきなり大木になることはありません。
長い時間をかけて成長し、その結果として何十年、何百年という年月の中で大きな木になっていきます。
教室経営も同じで、生身の人間が運営している以上、段階的な成長のほうが自然なのではないか。
僕は多くの先生方をサポートする中で、そう感じるようになりました。
もちろん、教室経営では様々な要因が重なって、急激に生徒が増えたり、急激に売上が伸びたりすることも起こります。
ただ、そういうときほど注意が必要です。
なぜか不思議なことに、急激に伸びた売上が、急激に下がってしまうケースがあるからです。
先生にとっては売上が大きく伸びるのは嬉しい状況ですが、体にとっては「急激な変化」でもあります。
そのため無意識にホメオスタシスが働き、現状に引き戻そうとする力が強く働くのではないか、と僕は感じています。
ホメオスタシスが現実に起こす変化とは

売上や生徒数の増減とホメオスタシスの因果関係を、科学的に明確に立証するのは難しい部分もあります。
ただ、僕自身がこの15年ほどで約2500名近くの先生方を見てきた中で、「見えない力に引っ張られるように、急激に伸びたものが急激に落ちる」という現象を何度も目にしてきました。
もう少し分かりやすく言うと、生徒数や売上が急増すると、先生の仕事時間や労力、負担は物理的に増えます。
生徒が増えれば、その分、教える時間も増えるからです。
そうなると、睡眠時間を削らざるを得ない、といったことも起こります。
それが積み重なると疲労が蓄積し、あるとき突然、体を壊してレッスンができなくなる、ということが実際に起こり得ます。
先生ご自身だけでなく、複数講師がいる教室であれば、講師の方に負担が集中して体調を崩す、というケースもあります。
また、売上が伸びて忙しくなっているときほど、判断が鈍ることもあります。
たとえば、十分に吟味しないまま高額なサービスに申し込んでしまったり、安易に投資にお金を使ってしまったりして、結果的に損をする、あるいは騙されてしまう、といったことも現実に起きています。
ホームページ制作で起きた実際の事例

それから、こういうケースもありました。
僕のサポートメニューの中に、ホームページ制作があります。
あるとき、「急いでホームページを作りたいんです」とおっしゃる先生が、制作業者を探されていました。
なぜ急いでいたのかというと、募集時期が迫っていたからです。
これから子どもの募集が本格化する時期なので、このタイミングを逃したくない、というお気持ちだったのだと思います。
当時の僕はまだ若く、今ほどの知識や経験もありませんでした。
ここまでお伝えしてきたようなホメオスタシスのことも、十分に理解していなかったんですよね。
ですからそのときの僕は、先生の「募集時期に間に合わせたい」というお気持ちも分かりましたし、できる限り協力しようと思いました。
そこで、短期間でホームページを作る段取りを組んだんです。
具体的には、1〜2日ほどで打ち合わせを行い、ホームページ制作に必要な情報を一気にヒアリングしました。
僕のほうはどんどん制作を進め、先生にも、掲載に必要な写真の準備や、制作に必要な手続きなどを進めていただきました。
結果として、募集時期よりもかなり前にホームページが完成できる見通しが立ってきました。
先生が「このくらいまでに完成したらありがたいですね」とおっしゃっていた時期にも、十分に間に合いそうな状況になったんです。
完成が近づくほど連絡が取れなくなった理由

ところが、本当に不思議なんですが、完成が近づくにつれて、なかなか先生と連絡が取れなくなってきたんですね。
どうしてかというと、先ほどのケースと似ているのですが、途中で無理をされたのでしょう。
先生ご自身が体調を崩して寝込んでしまった、ということが起こりました。
また、似たようなケースとして、ご家族が体調を崩されて、その看病をしなければならなくなった、ということもありました。
それが長引いてしまう場合もあります。
つまり、ご自身、あるいは周りの方の病気やケガが、立て続けに起こる。
その結果、打ち合わせを何度も何度も延期せざるを得ない、という状況が発生したんです。
ただ、それでも先生ご自身には「早くホームページを作りたい」という気持ちは確かにありました。
その気持ち自体は事実ですし、間違いではありません。
しかし、その「早く作りたい」という気持ちは、どちらかというと表面的な意識、つまり頭で考えたものに近いんですよね。
「募集時期が迫っていて、ここで一気に生徒を集められるチャンスがあるから」という理由で、急いで作りたかったわけです。
けれども、その事情は、体にとっては関係のないことなんです。
僕が今、段階的な変化をすすめる理由

体にとっては「急激な変化」であり、負担だったはずです。
言い換えるなら、体の声を無視してしまった、とも言えます。
募集時期が迫っているという外的要因、つまり自分以外の状況を理由にして、急激な変化を起こそうとした。
そういう状態だったわけです。
しかし、こうした急激な変化には、やはりホメオスタシスが働きます。
元に戻そう、現状を維持しよう、という力が働いてくるんですね。
その結果として、なぜかケガをするとか、病気になるとか、そういったことが起こる。
これは僕自身、これまで何度も経験してきました。
「これ、前も見たことあるぞ」という出来事が、何度も起こるんです。
デジャブのような感覚ですね。
そして、そういった経験を重ねる中で、心理学やコーチングの学びを深めていくと、点と点がつながる瞬間がありました。
「ああ、そういうことだったのか」と腑に落ちたんです。
だから現在の僕は、クライアントの先生方に対して、なるべく負担の少ない、着実に変化できる方法やペースを提案するようにしています。
スケーリング・クエスチョンとは何か

少し説明が長くなりましたが、大切なことは「段階的に変化していく」ということです。
そして、その段階的な変化を作るのに効果的なのが「スケーリング・クエスチョン」という方法なんですね。
今回は、その簡易版のやり方をご紹介します。
たとえば今回のご相談者の先生のケースで考えてみましょう。
先生は、今よりも生徒を増やしたい、売上を伸ばしたいと思っておられます。
同時に、今より忙しくはなりたくない。
そして、責任が重くなることは避けたい。
この両方が実現したら、先生にとっては理想的な状況ですよね。
そこで、その理想的な状況を「数字」で表します。
たとえば5段階評価にして、理想的な状況を「5」とします。
つまり、5段階中の5点満点が理想の状態です。
それに対して、今はそこへ向かっている途中ですから、現在地をいったん「0」とします。
「0から5」ではなく「まず1」を考える

ここからがスケーリング・クエスチョンの肝です。
0からいきなり5へ行こうとすると変化が大きすぎて、抵抗(ホメオスタシス)が強く出やすい。
だから、まず「次の段階」、つまり「1」に進んだ状態を具体的にイメージしていくんです。
「1の段階に進んだ状況って、どんな状況なのか?」を、できるだけリアルに描いていきます。
そのときに考えてほしい問いを、箇条書きでまとめると、たとえばこんな感じです。
- 変化したとき、体の感覚はどうなっていると思いますか。
- 1の段階になったとき、仕事の状態はどうなっていますか。
- 1の段階になったとき、家庭の状況はどうなっていますか。
- 家族やお子さんは、どんな言葉を話していますか。
- 周囲の人たちは、どんなふうにあなたと関わっていますか。
- この段階で「避けたいこと」が起きてしまったとしたら、それは何ですか。
- もし避けたいことが起きたとしても、その中に「感謝できること」「喜びを感じられること」は何かありますか。
- そして、避けたいことが起きたとき、あなたはどのように対応しますか。
こうした問いを使いながら、「1の段階」を具体化していくんです。
イメージするだけでなく紙に書き出す

ここで大事なのは、イメージするだけで終わらせないことです。
ぜひ紙に書き出してみてください。
書くことで、曖昧だった不安や抵抗が「言語化」されて、扱えるようになります。
たとえば、学習塾の先生のケースなら、1の段階ではこんなふうに想像するかもしれません。
- 「体の感覚」は、少し胸が高鳴っているかもしれない。
- 紹介で生徒が一人入会して、嬉しさと同時に緊張感もある。
- あるいは、新規募集のためにSNSで情報発信を始めている。
- その分、発信に時間を割くようになり、家事を慌ててこなす日が出てきている。
- それに伴って、お子さんに頼みごとをされても「今ちょっと仕事してるから待ってね」と言う場面が増える。
- (するとお子さんは)しばらくして「お母さん、まだ?」とせかすような言葉をかけてくるかもしれない。
……というように、「1の段階」で起こり得る現実を、細部まで描いていきます。
そうやって具体化することで、先生の中にある「怖さ」や「抵抗」の正体が、少しずつ見えてくるようになります。
そして、その正体が見えれば、対策も打てるようになるんですね。
それから「ご友人の方たちは、どんなふうにあなたと関わっていますか」という問いについては、たとえば「ときどきLINEで近況報告をし合ったり、LINEでやり取りをしたり、たまには会ってお茶をすることもある」といったイメージになります。
避けたいことまで先に想定しておく

そして次の質問が、「この段階で避けたいことが起きてしまったとしたら、それは何ですか」というものです。
たとえば「次の定期テストで、生徒の点数が伸びない」という状況は避けたいかもしれません。
また、1の段階に変化したことで、紹介などから生徒が入会してくる、という良い変化が起きた。
けれども、その新しく入ってきた生徒が、入会後に最初に受ける定期テストで点数が伸びない、ということは起きてほしくない。
あるいは、「塾に通わせたのに、点数が伸びないじゃないですか」と保護者からクレームを言われるのは避けたい、と思うかもしれません。
ここまでは一見するとネガティブな想定です。
ただ、次の問いが重要なんですね。
「その避けたいことが起きたとしたら、そこにどのような感謝できることや、喜びを感じられることがありますか」という問いです。
生徒の点数が伸びない、クレームを言われる、といった出来事は、確かにネガティブに見えます。
それでも、そこから見いだせる感謝や喜びは何だろうか、と考えていくわけです。
たとえば、こちらとしては「しっかり指導したつもり」だったのに点数が伸びなかったとしたら、それは「その生徒の本当の課題に気づくチャンスになった」と捉えることもできます。
しっかり指導したつもりでも点数が伸び悩んだということは、もしかすると、その生徒には教えた勉強法が合っていなかったのかもしれません。
別の方法のほうが、より理解しやすい可能性もあります。
あるいは、生徒本人が「理解したつもり」になっていて、実際にはきちんと理解できていなかった、暗記できていなかった、という可能性もあります。
さらに言えば、テスト本番になると緊張してしまい、実力を発揮できないなど、メンタル面に課題がある可能性も考えられます。
もしそうした「本当の課題」に気づけたら、そこから挽回していくことができますよね。
点数が伸びないことも成長のヒントになる

つまり、点数が伸び悩んだという出来事は、実は「次に伸ばすためのヒントが見つかる」という意味で、喜びにもつながり得るわけです。
また、点数が伸び悩んだことをきっかけに、生徒と深く話し合う機会が生まれる可能性もあります。
テスト結果を受けて、個別面談のような形でじっくり話す時間を取る。
その中で、何気ない会話も交えながら、生徒の状況や気持ち、心理面を深く理解することにつながるかもしれません。
そうして理解が深まれば、その生徒に合った勉強の進め方へと改善できるようになります。
結果として、ここからの成績の「伸び」や「挽回」が期待できるようになります。
さらに、そのような経験を積み重ねることで、先生ご自身の指導法がブラッシュアップされていきます。
つまり、避けたい出来事が起きたとしても、それを通じて指導力が磨かれる機会になる、という見方もできます。
あらかじめ対処法を準備しておく

そしてもう一つ大切なのが、「もし避けたいことが起きたときに、どのように対応しますか」という問いです。
ここでは、対応策をあらかじめ具体的に考えておきます。
たとえば、生徒にテストの答案用紙を持ってきてもらい、それを一緒に確認する。
そこで、どの問題でつまずいているのか、どこが理解できていないのかを見極める。
そして今後の授業で、その部分を取り出して集中的に学習する。
そうすれば、次に向けて着実に改善していける可能性が高まります。
また、点数が伸びない理由として「理解したつもり」になっている可能性があるなら、理解度を確認する小テスト(確認テスト)の回数を増やす、という対策も考えられます。
たとえば、その日の授業の最後に確認をする。
さらに次の授業の冒頭で、時間が経っても理解が定着しているか、覚えているかを確認するために、同じ問題をもう一度解いてもらう。
こうした工夫をすると、先生としても理解度を把握しやすくなりますし、生徒側も「分かったつもり」を減らしやすくなります。
結果として、次のテストで点数を伸ばせる可能性が高まります。
変化の予行演習をしておく

このように、「これから自分がどう変化していくのか」を、あらかじめイメージしておく。
そして、望まない変化が起きる可能性すらも想定しておく。
さらに、その対処法まで準備しておく。
これによって、変化の“予行演習”ができるようになります。
1の段階は「一歩前進」ではありますが、その一歩の中にも、望まない変化が起こり得ます。
たとえば、成績が伸びない、クレームを言われる、といったことも、可能性としては起こり得るわけです。
それをあらかじめ想定し、対処法まで考えておけば、実際に変化が起きたときにも冷静に対応できます。
すると、変化を過度に負担として感じにくくなります。
変化に振り回される、ということが減っていくんですね。
こうして事前にイメージし、想定しておくことで、変化に対する負担は大きく和らぎます。
結果として、望んでいる状態へと、着実に変化していきやすくなるんです。





