今回は、スイミングスクールの先生からご相談をいただきました。
まずは、そのご相談内容を読み上げていきたいと思います。
「新しいことを始めたい気持ちはあるのに、以前にも失敗した経験があるため、『またうまくいかなかったらどうしよう』と考えてしまい、結局何も始められません。
頭では『大丈夫だ』と分かっているのに、体が動かないような感覚があります。
このような恐れは、どのように扱えばよいのでしょうか。」
というご相談です。
ご相談をお寄せいただき、本当にありがとうございます。
過去の失敗が新しい挑戦を止めてしまうことがある

過去に何かにチャレンジしたものの、それがうまくいかなかったという経験があると、その後、再び新しいことに挑戦しようとした際に、当時の失敗の記憶がふとよみがえってくることがあります。
そのときの状況や、感じていた悔しさ、不安、落胆といった感情が一緒に思い出されることも少なくありません。
そして、そうしたつらい感情をもう一度味わいたくないという思いから、無意識のうちに「挑戦することそのもの」を避けてしまうようになることもあります。
今回のご相談者の先生がおっしゃっている「頭では大丈夫だと分かっているのに体が動かない」という感覚は、まさにそうした状態を表しているのではないでしょうか。
実は、僕自身も同じような経験をしたことがありますし、これまで関わってきたクライアントの先生方の中にも、同じような感覚を経験されてきた方が多くいらっしゃいます。
では、新しいことを始めたい気持ちはあるのに、頭では理解できていても体が動かないとき、私たちはどのように向き合えばよいのでしょうか。
まずは自分ならどう考えるかを整理してみる

ここで少し、これをご覧になっている先生方に、ひとつ提案があります。
今回のスイミングスクールの先生のご相談に対して、もし先生ご自身が第三者の立場だったとしたら、どのようなアドバイスをされるでしょうか。
あるいは、もし先生ご自身が今回のご相談者の立場だったとしたら、どのように考え、どのような行動を取られるでしょうか。
ぜひ一度、ここで立ち止まり、少し考えてみていただければと思います。
可能であれば、一度ご自身なりの答えを思い浮かべてから、続きをご覧ください。
それでは、ここからお話を続けていきます。
一つ目の対処法:自分で自分をねぎらう

今回お伝えしたいことは、大きく分けて二つあります。
まず一つ目は、「自分で自分をねぎらう」ということです。
別の言い方をすれば、「自分の心に栄養を与えてあげる」ということでもあります。
頭では「大丈夫だ」と分かっているのに体が動かない状態というのは、言い換えると、頭と心の足並みがそろっていない状態だと僕は考えています。
つまり、理屈では理解できていても、心のほうがまだ追いついていない、あるいは疲れてしまっている可能性があるということです。
ここで、とても大切な考え方を一つお伝えします。
人は、本来であれば言葉に出して表現できる感情や思いを、我慢して口に出さずにいると、それを体の反応として表現し始めることがあります。
もう一度お伝えしますが、人は口で言えば済むことを我慢し続けると、体を通してサインを出すようになるのです。
そう考えると、今回の「体が動かない」という状態は、心の奥にある本音の表れなのかもしれません。
例えば、「本当は今は新しいことを始めるほどの余裕がない」「もう少し休みたい」「これ以上頑張る気力が足りない」といった思いが、体の反応として現れている可能性があります。
これは決して、心が弱いとか、病気であるという意味ではありません。
肉体も、無理を重ねると疲れが出るように、心もまた、頑張り続ければ疲れるのは自然なことです。
今の先生は、「頑張れない自分」なのではなく、「少し休息やねぎらいが必要な状態」にあるのかもしれません。
理想を実現した自分にかけたい言葉を考える

そこで、ぜひ取り入れていただきたいのが、自分をねぎらうという行為です。
例えば、先生は「新しいことを始めたい」という思いをお持ちですよね。
それならまず、そのチャレンジがうまくいったときの姿を、できるだけ具体的にイメージしてみてください。
そのとき、先生はどこにいて、どんな表情をしているでしょうか。
周囲には誰がいて、どんな会話や音が聞こえてくるでしょうか。
そのチャレンジによって、どのような成果が生まれているでしょうか。
生徒数や売上、教室の雰囲気、ご自身の心や体の感覚なども含めて、できるだけリアルに思い描いてみてください。
そして最後に、その理想を実現した自分自身に、どんな言葉をかけてあげたいかを考えてみてほしいのです。
きっと、そこには厳しい言葉ではなく、「よく頑張ったね」「ここまで本当によくやってきたね」といった、温かい言葉が浮かぶのではないでしょうか。
未来の自分にかけたい言葉を今の自分にかける

ここからが、とても大切なポイントです。
その「理想を実現した自分にかけてあげたい言葉」を、ぜひ今のご自身にかけてあげてください。
声に出してもいいですし、心の中で静かに伝えてあげるだけでも構いません。
それを一度きりではなく、日々、繰り返し行ってみてください。
これまで新しいことに挑戦して、うまくいかなかった経験があったとしても、それまでに積み重ねてきた努力や行動が消えるわけではありません。
教室を立ち上げ、ここまで続けてこられたこと自体が、すでに大きな挑戦であり、価値のある歩みです。
多くの人が安定を選ぶ中で、ご自身で決断し、教室を運営してこられたその姿は、周りから見ればとても勇気ある行動に映っているはずです。
だからこそ、これまで頑張ってきたご自身を、どうか丁寧にねぎらってあげてください。
自分をねぎらうことが行動力を取り戻す土台になる

この「自分で自分をねぎらう」という行為は、心の回復を促し、少しずつエネルギーを取り戻す助けになります。
心が回復してくると、不思議なことに、新しいことに向かう意欲や行動力も、自然と湧いてくるようになります。
また、自分をねぎらう習慣は、望んでいる未来を引き寄せる土台にもなります。
もし「成功したら自分を認めよう」と考えてしまうと、無意識のうちに「今の自分はまだ成功していない」という意識を強めてしまうことがあります。
その状態では、心と行動にブレーキがかかりやすくなってしまいます。
だからこそ、結果が出る前から、自分を認め、ねぎらい続けることが、とても大切なのです。
それに対して、今の自分に対して常にねぎらいの言葉をかけていくということは、「私はねぎらわれる存在である」という前提に立つことになります。
ねぎらわれるということは、多くの場合「物事がうまくいっているとき」や「何かを成し遂げたとき」「成功したとき」に起こるものですよね。
そう考えると、今の自分にねぎらいの言葉をかけ始めるという行為は、「私はすでにうまくいっている側の人間だ」という認識を、自分の内側に作っていくことでもあります。
すると、その内側の認識に少し遅れる形で、ねぎらわれるにふさわしい結果、つまり物事がうまくいく結果が、現実として現れやすくなっていくのです。
さらに、自分で自分をねぎらうようになると、不思議なことに、周りの人たちも先生のことをねぎらってくれるようになります。
心理学の世界では、「目の前の現実は自己の内面の投影である」という考え方があります。
この考え方に沿って捉えると、自分が自分をどのように扱っているかが、そのまま周囲からの扱われ方として現れてくる、ということになります。
つまり、先生が「自分はねぎらわれる価値のある存在だ」と考え、そのように自分自身を扱い始めると、それが外側の現実にも投影されていくのです。
結果として、周囲の人たちが先生のことを、自然とねぎらうべき存在として扱ってくれるようになっていきます。
ですので、「新しいことを始めたいけれど、体がついてこない」という状態に対する一つ目の対処法としては、まず自分で自分をねぎらうことを意識的に実践してみていただきたいと思います。
二つ目の対処法:失敗が必要だった理由を洗い出す

そして、続いてお伝えしたい二つ目の対処法は、「何のためにその失敗が必要だったのかを、丁寧に洗い出してみる」ということです。
少しスイミングスクールの話題からは離れますが、過去に実際にあった事例を一つご紹介させてください。
以前、ある学習塾の先生から、生徒募集についてご相談を受けたことがありました。
その先生のお話によると、コロナ禍をきっかけに生徒数が大きく減ってしまい、コロナが落ち着けば自然と生徒は戻ってくるだろうと考えていたそうです。
しかし実際には、コロナが収束してからも生徒数は思うように回復しなかったとのことでした。
そこで、その先生は僕のところにご相談くださったわけですが、教室の現状やこれまでの経緯について詳しくお話を伺っていく中で、僕の中にある考えが浮かんできました。
それは、「この先生は、生徒が減ったのではなく、必要があって生徒を遠ざけたのではないか」という視点でした。
どういうことかと言いますと、その学習塾の先生のお話を伺う中で、先生ご自身が「本当は、もっと教壇に立って直接生徒に授業をしたい」と強く思っていらっしゃることが分かってきたのです。
ところが、教室の規模が大きくなり、生徒数が増えたことで、経営や立場上「授業は他の講師に任せるべきだ」と、ご自身に言い聞かせるようになっていたことも見えてきました。
先生が本当にやりたかったこと

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その先生、つまり塾長先生がなぜそこまで教壇に立ちたかったのかというと、過去の授業に理由がありました。
その先生は、単に勉強を教えるだけでなく、授業の中で「人生とは何か」「何のために勉強するのか」「働くとはどういうことか」「なぜ大学に行くのか」といった、いわば人生観に関わる話も、生徒たちに熱心に伝えてこられたそうです。
しかし、生徒数が増え、教室の規模が拡大するにつれて、他の講師を雇い、授業を任せる機会が増え、塾長である先生自身が教壇に立つ機会は、次第に減っていきました。
形式上は「経営者として教室全体を見る立場」になったものの、本音の部分では、自分が情熱を注いできた授業ができなくなっていったのです。
お話をさらに伺っていくと、かつて先生が行っていた人生観も含めた授業は、生徒たちに非常に深く響いていたことが分かってきました。
そこで僕は、先生にこう尋ねました。
「先生の授業で語られていた人生の話は、生徒さんたちにとって本当に大きな意味があったのではないでしょうか。その話が、大学生活や社会人生活で役に立ったと、感謝されたことはありませんか。」
すると先生は、「まさにその通りです」とおっしゃいました。
実際に、生徒から感謝の手紙をもらったことがあり、それをホームページにも掲載していると教えてくださったのです。
そのページを見せていただき、僕は正直、衝撃を受けました。
そこには、A4サイズの用紙いっぱいに、細かな文字でびっしりと、先生への感謝の思いが綴られた直筆の手紙が何通も掲載されていたのです。
しかも、それは一人や二人ではなく、僕が確認しただけでも二十人以上の生徒からの手紙がありました。
つまり、先生が情熱を持って語りかけてきたことが、同じ熱量で生徒たちから返ってきていたということです。
この事実が見えてきたことで、生徒が増えていた本当の理由も明確になりました。
その塾は、成績が上がるだけでなく、先生が本気で向き合い、人生についてまで語ってくれる場所として評価され、口コミや評判を通じて生徒が集まっていたのです。
そこで僕は、改めて先生に問いかけました。
「もし今後、生徒数が再び増えたとしても、先生ご自身が教壇に立てず、熱い話ができない状態が続くとしたら、それは先生の望む教室でしょうか。」
すると先生は、即座に「それは嫌です」と答えられました。
生徒が減ったことは教室を見直す転換点だった

この瞬間、僕は、この先生が無意識のうちに、現在の教室の在り方や経営スタイルを受け入れきれていなかったのだと感じました。
もしそのまま生徒が増え続けてしまえば、その状態を続けざるを得なくなってしまいます。
それを、心のどこかで拒否していたのではないかと思うのです。
結果として、生徒が減ったことで、「このままではいけない」「何かを変えなければならない」という状況が生まれました。
つまり、生徒が集まらなくなったという一見ネガティブな出来事は、これまでの考え方や取り組み方を見直し、「自分らしい教室とは何か」を再構築するために必要な経験だったと言えるのです。
生徒が減ったという出来事は、より自分らしい教室へとシフトしていくための、大切な転換点だったのではないでしょうか。
だからこそ、「必要があって生徒を来させなくしたんだ」というのが、実態だったんですよね。
このように人は、口に出せば済むようなことを我慢していると、体で、あるいは現実で表現し始めるわけです。
このケースでは、先ほども申し上げたように、口に出さずに我慢していた本音が、「生徒が減る」という現実として表現されました。
つまり、「本当はそれをやりたくないんだ」「自分は教壇に立って熱い話をしたいんだ」という本音を、口に出さずに抑え込んでいた結果として、生徒が減るという出来事が起きた、という捉え方もできるんです。
とはいえ、こういう「生徒が減った」というケースであっても、「生徒が減った」というよりは、「何かに気づく必要があって、自分がその現実を起こした」ということもあるんですよね。
失敗を別の角度から捉え直す

そういったことを踏まえると、今回のご相談者の先生のケースでも、過去に「失敗した」「うまくいかなかった」と感じた経験が、実は何か必要があって“うまくいかせなかった”のではないか、という見方もできると思うんです。
そこで改めて、丁寧に振り返ってみていただきたいことがあります。
過去に一見失敗だった、うまくいかなかったという結果によって、その後どのような影響があったのかを、丁寧に思い返してみていただきたいんですね。
それに加えて、うまくいかなかったことに、もしあえてメリットがあったとしたら、それは何だったのか、という視点でも考えてみていただきたいと思います。
そして逆に、もしうまくいってしまっていたら、どのようなデメリットが生じていた可能性があるのか、そこも考えてみていただきたいんです。
これらは、いろいろな角度から一つの出来事を捉え直す、つまり「解釈をつけ直す」作業なんですよね。
同じ出来事でも、「失敗だった」と捉えていたものが、視点が変わることで、「このためには、うまくいかせないほうが良かったんだ」と捉え直せるケースも、実際にあるんです。
うまくいかなかったからこそ得られたもの

例えば、うまくいかなかったことで時間的な余裕が生まれ、先生が心身を休めることができて、その後のより良い仕事につながった、ということもあったかもしれません。
あるいは、うまくいかなかったことで、既存の生徒さんのフォローに時間を割くことができ、生徒さんたちの上達が促進されたり、満足度が上がったりした、ということもあったかもしれません。
また、うまくいかなかったことで従来のやり方を抜本的に見直すきっかけになった、先ほどの学習塾の先生のように、そういう転機になった可能性もあると思います。
そして、そうして得られた気づきや見直しが、実は今後、先生が理想とする教室経営の「礎」になることもあるんですよね。
そう考えると、むしろうまくいってしまっていたら、先ほどの学習塾の先生のように、「本音ではこれをやりたくないのに、うまくいってしまっているから、嫌でも続けないといけない」という状況が起こり得たかもしれないわけです。
もちろん仮の話ですから、本当にそうなったかどうかは分かりません。
ただ、うまくいっていたとしても、それが内心嫌なことだった場合、それを我慢して続けていたら、人はやっぱり病気になりますよね。
場合によっては、病気になることで「本当にやりたくないこと」を強制終了させられる、ということも起こり得ます。
実際、僕はクライアントさんを通して、そういうケースを見てきたことがあります。
だからこそ、我慢はしないほうがいいと思うんです。
これまでは「我慢して歯を食いしばって頑張ること」が良しとされてきた時代もありましたが、これからは、なるべく我慢をしないほうがいいと、僕個人としては思っています。
根本原因がマーケティングではない場合もある

それから、これは僕の個人的な感覚でもあるんですが、今お話ししたように「本音では嫌なことを我慢し続けた結果、生徒が減った」「教室経営に不具合が出た」というケースが、コロナ禍以降増えてきたように感じるんですよね。
だから、そういう場合は、生徒が減ったからといってマーケティングを見直したり、ホームページを作り替えたりしても、思うように生徒が増えない、望んだ結果につながらない、ということも起きやすいと感じます。
なぜかと言うと、そこが根本原因ではないからです。
生徒が減ったことが、マーケティングの問題ではなく、「本当はやりたくないことを我慢していませんか」という部分が問題になっているケースがある、ということなんですよね。
だからこそ、そっちを見ていったほうがいい、ということです。
そう考えると、本当に時代は変わってきているなと感じます。
これは教室経営だけでなく、社会全体でも価値観が大きく変わってきていますよね。
例えば、ひと昔前までは、体調を崩して熱が出ても無理をして会社に行き、仕事をすることが「責任を果たすこと」だとして美徳のように扱われていた側面があったと思います。
その頃は、風邪を引いて熱が出て会社を休もうものなら、「根性がない」と言われたり、「風邪くらいで休むなんて」と怒られたり、皮肉を言われたりするような時代を経験された方もいるかもしれません。
でも今は完全に逆ですよね。
熱があるのに無理して会社に行けば、それこそ怒られます。
「なんで熱があるのに会社に来たんですか。」
「コロナだったらどうするんですか。」
「インフルだったらどうするんですか。」
「周りにうつったらどうするんですか。」
「帰ってください。」
「治るまで来ないでください。」
「家でリモートワークしてください。」
そういうふうに言われる時代です。
時代は我慢を美徳としない方向に変わっている

また、僕が子どもの頃は、テレビCMで「24時間戦えますか」というフレーズが流れていたくらい、働いて働いて残業して業績を伸ばす会社が評価されるような時代がありました。
ところが今は、社員に残業をさせまくればブラック企業と言われ、あっという間にSNSで拡散され、社会から叩かれる時代です。
働き方改革も進み、社会のルールそのものが変わってきています。
要するに、今まで「これで良し」とされてきたことが、今は「それは違いますよ」というルールに変わってきた面もある、ということなんですよね。
だから、その新しいルールに沿った生き方や振る舞いをしないと、結果としてペナルティを受けるようなことも起こり得るわけです。
失敗の中に埋もれていた価値を見つける

少し余談が長くなりましたが、要点をまとめると、今まで「失敗だ」と捉えていた出来事も、見方を変えて「何のために失敗する必要があったのか」と捉え直すことで、むしろ「うまくいかないほうが成功に近づいていた」という発見が起こり得る、ということです。
そして、「何のためにうまくいかない必要があったのか」という理由が分かってくると、それは先生が本当にやりたいことにつながったり、本当にやりたい教室経営へとシフトする推進力になってきます。
理由が分かると、自分が進みたい方向がクリアになりますから、行動自体も取りたくなるように変わっていくんですよね。
大切なのは、過去の「失敗した経験」を、「失敗=良くないこと」「失敗=ダメなこと」と捉えたまま放置しないことです。
むしろ「失敗したおかげで、こんないいことがあったよね」「失敗にはこういう価値があったよね」と、失敗の中に埋もれていた価値を見いだすことが、とても大切なんです。
そして、その失敗の中に埋もれていた価値を見つけることができると、それは結果として先生や教室の独自性、優位性、つまり他教室との差別化要因にもなっていきます。
そう考えると、失敗経験が多いほど、それをひっくり返したときの価値も多くなる。
つまり、独自の魅力が増えていく、ということでもあるわけです。
これが、二つ目の対処法である「何のために失敗する必要があったのかを丁寧に洗い出す」ということです。
ぜひ、失敗を失敗で終わらせず、悪いもののまま放置せずに、そこに埋もれていた先生にしかない価値や魅力を見いだしていただきたいと思います。
以上が、今回の僕からの回答になります。
今回の気づきを自分の教室にも活かす

そして今回のご相談に対して、冒頭で「ご覧くださっている先生なら、どんなアドバイスをしますか」「ご自分がその立場なら、どんな行動を取りますか」とお伺いしました。
その答えは意外と、現在の先生ご自身の教室で実行すると効果的なものだったりするんじゃないでしょうか。
もしかしたら、今のご自身の教室をより良くするアイデアとして活用できると、すでにお気づきの先生もいらっしゃるかもしれません。
その場合は、ぜひ今回のアドバイスやアイデアをご自身の教室でも実行されることをおすすめいたします。
そして最後に、これも毎回お伝えしているのですが、今回のように先生からのご相談に対して、僕のほうでお答えする機会を、これからも作っていきたいと思っております。
ご相談は、僕のホームページのお問い合わせフォームから受け付けておりますので、日頃、教室に関して疑問に思われていることや、誰かに質問してみたいと感じておられることがある先生は、ぜひお問い合わせフォームからお寄せいただければと思います。
ということで今回は、スイミングスクールの先生のご相談にお答えしました。





